アルコール手指消毒剤
サラヤのアルコール手指消毒剤の研究開発について
サラヤでは、まだアルコール手指消毒剤の使用が国際的なガイドラインで推奨される以前から、数十年に渡り、以下3つに重点を置いて、アルコール手指消毒剤の開発に取り組んできました。
- 有効性が高い
- 手肌への刺激性が少ない
- 使用感がよい
持続的な殺菌効果を高めた殺菌剤配合アルコール手指消毒剤の研究開発
アルコール手指消毒剤の主成分であるアルコールは即効性で、消毒効果が高いという長所がある反面、揮発し手肌に残留しないため、持続的な殺菌効果はありません。
そのため、消毒後においても持続的な効果を有するアルコール手指消毒剤を開発するためには、手肌に残存し、効果が持続するカチオン系殺菌剤の配合が必要になります。
代表的な殺菌剤としては「ベンザルコニウム塩化物」、「クロルヘキシジングルコン酸塩」などが挙げられます。
懸念点① 「手肌に殺菌剤が残存することによる、皮ふへの悪影響」を軽減する。
殺菌剤が手指消毒後に手肌に残存するため、殺菌剤による皮ふに及ぼす影響を考慮する必要がありました。そこで、皮ふに対する殺菌剤の刺激性について調査するなど、できるだけ手肌への影響が出ないよう検討を行いました。
その結果、殺菌剤として、皮ふに対する刺激性がより低いクロルヘキシジングルコン酸塩(以下、CHG)を選択し、配合することにしました。
懸念点② 「エモリエント剤による殺菌効果の低下」を防ぐ。
アルコール手指消毒剤には手肌への影響を考え、手肌に優しいエモリエント剤の配合が必須です。しかし、エモリエント剤を配合することで、殺菌剤の効果が低下してしまう可能性がありました。そこで、殺菌剤の効果を低下させないエモリエント剤のスクリーニングを行いました。
その結果、思わぬ成果が得られました。
殺菌剤の効果を低下させると考えていたエモリエント剤の中で、むしろ、殺菌剤による持続殺菌効果を高めるエモリエント剤(二塩基酸ジエステルなど)が存在することがわかったのです。
この技術は1986年に論文発表(木原ら、防菌防黴、vol.14)するとともに、特許化(特許1847505)しました。そしてこの技術を応用し、サラヤ初のCHGを有効成分とした高濃度アルコール手指消毒剤の処方化に成功しました。
CHGの持続殺菌力に及ぼすエモリエント剤の影響
ノンエンベロープウイルスへの有効性を高めたアルコール手指消毒剤の研究開発
1. ノロウイルスに有効な薬剤の探索
ノロウイルスは以下のような特徴を持っており、適切な感染予防対策をとらないと、二次的・三次的に感染が拡大するケースが少なくありません。
- 食中毒や感染症の原因ウイルス
- 小腸の上皮細胞に感染し、下痢や嘔吐などの症状を引き起こす
- 感染力が強い(少量のウイルスで感染する)
- 環境中で長期間生存できる
- 不顕性感染者がいる(感染していても症状がでない人がいる)
さらに厄介なことに、ノロウイルスはエンベロープを持たないウイルス(ノンエンベロープウイルス、以下NEV)で消毒薬抵抗性が強く、一般的に感染予防対策に用いられる高濃度アルコールを用いても、短時間での効果は高くありませんでした。
そこで、サラヤではまだノロウイルスという名前が一般的ではなかった2003年からノロウイルス(当時はSRSV:小型球形ウイルスと呼ばれていた)に注目し、その不活化(ウイルスの感染性を失わせる)方法について研究を開始しました。なお、ノロウイルスは培養系が確立されていなかったため、その代替として同科のネコカリシウイルス(FCV)などを用いて研究を行いました。
そして、最も力を入れていたのが、ノロウイルスに有効な薬剤の探索でした。FCVを用いて、薬剤単独あるいは薬剤同士の組み合わせなど多くのパターンについて不活化効果の検証をおこないました。
その結果、エタノールのpHを酸やアルカリにシフトすることで、FCVに対する不活化効果が高まることがわかったのです。
そして、2005年日本防菌防黴学会 秋季合同シンポジウムにおいて、この「ネコカリシウイルスの不活化効果を高める技術」について発表しました。この技術の発見が、後のノンエンベロープウイルスへの有効性を高めたアルコール手指消毒剤の研究開発の根幹となりました。
2. 国立感染症研究所との共同研究
さらに「ネコカリシウイルスの不活化効果を高める技術」を応用し、エタノール + アルカリ + 第四アンモニウム塩の配合技術を確立しました。この配合技術について国立感染症研究所との共同研究によりその有効性を評価し、その成果を2007年論文発表(隈下ら、防菌防黴、vol.35)しました。この論文は後に、平成20年度日本防菌防黴学会の論文賞を受賞し、対外的にも研究の成果が認められました。
エタノール+アルカリ+第四アンモニウム塩配合系の有効性評価
◎,○,△ : 30秒間(◎)、1分間(○)、5分間(△)処理後に検出限界以下
× : 検出(5分間処理後) NT : 試験せず QAC : 第四アンモニウム塩
微生物 | エタノール (54wt%) |
QAC (0.1wt%) |
エタノール +QAC +アルカリ |
|
ウイルス | ネコカリシウイルス | × | × | ◎ |
---|---|---|---|---|
ファージ A | NT | NT | ◎ | |
ファージ B | NT | NT | ◎ | |
細菌 | 大腸菌 | ◎ | ◎ | ◎ |
黄色ブドウ球菌 | ◎ | ◎ | ◎ | |
緑膿菌 | ◎ | △ | ◎ | |
抗酸菌 | △ | × | ◎ | |
真菌 | カンジダ属菌 | NT | NT | ◎ |
アスペルギルス属菌 | NT | NT | ◎ |
(隈下ら、防菌防黴、vol.35、2007)
ところで、この「エタノール + アルカリ + 第四アンモニウム塩の配合技術」を応用し、環境除菌用製剤として商品化に成功したのが2006年。そして、この2006~2007年はノロウイルスの大流行が起こり、世の中に「ノロウイルス」の名前を知らしめたきっかけとなった年でもありました。
3. 各種ウイルスの培養と国際的な標準試験方法の導入
国立感染症研究所との共同研究においては、FCVだけでなく、インフルエンザウイルスに関する試験等も実施する中で、ウイルスの培養技術についても学ぶことができました。そして、サラヤでは2009年に彩都バイオインキュベータ内(大阪府茨木市)にバイオケミカル研究所 サテライトラボ(現サラヤ微生物研究センター)を設立し、ノロウイルス代替ウイルスだけでなく、ポリオ、アデノ、インフルエンザなど様々なウイルスの培養が自社でできるようになりました。
さらに、細菌やウイルスに対する効果を評価するための国際的な標準試験方法を導入し、高度なエビデンスデータを取得できる体制が整いました。
4. NEVに有効な酸性エタノール手指消毒剤の研究開発
サラヤでは「ネコカリシウイルスの不活化効果を高める技術」を応用し、環境除菌剤や食添アルコール製剤の開発を行いました。そして、満を持して取り組んだのが消毒薬に対する抵抗性の強いNEV全般に有効なアルコール手指消毒剤の開発でした。
まず、開発においては手肌のpHが弱酸性であり、手肌への影響も考慮した上で、「エタノール+酸」の配合をベースとすることにしました。そして、「エタノール+酸」で酸の中でも特に効果が高い物質のスクリーニングを行いました。スクリーニングには、試験が比較的簡便な上、消毒薬への抵抗性が強いMS2ファージ(大腸菌に感染するウイルス)を用いました。その結果、「リン酸」が最も効果が高いことが判明しました。
こうして、高濃度エタノールにリン酸を適量配合した酸性エタノール配合技術を見出しました。
エタノール+各種酸を配合系のMS2ファージに対する有効性評価
消毒用エタノール+酸(上限1%として、できるだけpH3に近づけるように)
【供試ウイルス:MS2ファージ 作用時間:1分間(室温)】
酸 | 配合量 (wt%) |
pH | 対数減少値 | 減少率(%) |
---|---|---|---|---|
酸無添加 | ー | ー | 0.6 | 72.22 |
乳酸 | 1.0 | 3.5 | 1.6 | 97.42 |
フマル酸 | 1.0 | 3.3 | 2.2 | 99.34 |
リンゴ酸 | 1.0 | 3.3 | 2.4 | 99.62 |
クエン酸 | 1.0 | 3.3 | 2.5 | 99.71 |
フィチン酸 | 0.05 | 3.1 | 2.8 | 99.84 |
マレイン酸 | 0.2 | 2.8 | 2.8 | 99.84 |
リン酸 | 0.7 | 2.9 | 2.9 | 99.87 |
本配合技術については、国際的な標準試験方法を用いて評価し、消毒薬抵抗性が弱いエンベロープウイルス(インフルエンザ、ヘルペス、ウシコロナ、ワクシニアなど)はもちろんのこと、消毒薬抵抗性が強い複数のノンエンベロープウイルス(ポリオ、アデノ、SV40、FCV、マウスノロ、ロタ、ライノなど)にも有効であることが確認されました。
エタノール+リン酸配合系の各種ウイルスに対する有効性評価
エタノール+リン酸配合系の各種ウイルスに対する有効性評価
【試験法:DVV & RKIガイドライン、作用時間:15秒間(20℃)】
ウイルス | コントロール感染価 (TCID50 /mL) | 減少率(%) | |
エンベロープ なし | ポリオウイルス 1型 Poliovirus type 1 | 1.8×106 | > 99.99 |
---|---|---|---|
ネコカリシウイルス F9 (ノロウイルス代替) Feline calicivirus F9 | 3.2×106 | > 99.99 | |
マウスノロウイルス S7 (ノロウイルス代替) Murine norovirus S7 | 1.0×106 | > 99.97 | |
エンベロープ あり | インフルエンザウイルスA(H1N1)型 Influenzavirus Type A(H1N1) | 1.0×106 | > 99.99 |
単純ヘルペスウイルス 1型 Herpes-simplex type 1 | 1.0×106 | > 99.99 |
(松村ら、防菌防黴、vol.41、2013)
本研究成果については2013年論文発表(松村ら、防菌防黴、vol.41)を行いました。さらに、本技術について、2014年に(一社)大阪工研協会主催の第64回工業技術賞を受賞し、対外的にも本技術の有用性が認められました。
そして、「高濃度エタノールにリン酸を適量配合した酸性エタノール配合技術」を応用し、NEVに有効な酸性エタノール手指消毒剤を商品化しました。
今までにないアルコール手指消毒剤の開発へ
新感覚のアルコール手指消毒ローションの誕生
世界的なCOVID-19の流行で、感染症対策がなくてはならない中、アルコール手指消毒剤は需要が高まり、日常において当たり前のように利用されるようになりました。アルコール手指消毒剤は新型コロナウイルス感染症だけでなく、季節性のインフルエンザや食中毒予防にも有効であり、且つ、いつでもどこでも使用できる利便性も有していることから日常の感染症予防対策に大変有用です。そのため、今回のCOVID-19を機に、この有用性の高いアルコール手指消毒剤をアフターコロナの日常の衛生習慣として継続して利用してだきたいという思いが強くありました。そこで、サラヤでは細菌やウイルスに対する効果があるのは当たり前として、「アルコール手指消毒剤を毎日快適に使い続けてもらうにはどうすればよいか?!」ということをあらためて考え直しました。そして行き着いた課題が、いかに手荒れを防ぎ、そして、使用感を良くするかということでした。
これまでのアルコール手指消毒剤は、飛び散って手指からこぼれる、べたつきやぬるつき、乾くのに時間がかかる、手荒れが気になるなど、使用感の不満が少なくありません。しかし、ぬるつきやべたつきの原因となる保湿剤は手荒れ防止にはなくてはならない成分です。
こうして、手荒れに配慮しながらも、使用感が良く、殺菌効果の高い、全く新しいアルコール手指消毒剤の開発に取り組むことになりました。
開発においてはこれまで数十年に渡るアルコール手指消毒剤の開発で培った技術や経験を基に、配合成分の最適化をはかりました。その結果、保湿剤として、酢酸トコフェロール(ビタミンE)、ミリスチン酸イソプロピル、グリセリン、グリセリン脂肪酸エステルを配合し、これら成分を独自のバランスで配合することで、手肌へのやさしさと最適な使用感を実現することに成功しました。
こうして完成したのが、最低減の粘性を持たせたリキッドでもジェルでもない新感覚の「アルコール手指消毒ローション」です。粘性があるため、飛び散って手指からこぼれることがない上、従来のアルコール手指消毒剤と比較し、使用時のぬるつきや使用後のべたつきを抑え、さらさらした使用感を実感することができます。
アルコール手指消毒ローションのエビデンスデータ
1. ウイルス・細菌・真菌に対する有効性
「アルコール手指消毒ローション」について、様々なウイルスや細菌、真菌に対する有効性を確認しました。まず、「アルコール手指消毒ローション」は15秒間の作用で新型コロナウイルスおよびインフルエンザウイルスに対して感染価を4 .0 Log10 以上(99.99%以上)減少させました。また、耐性菌を含む医療関連感染症の代表菌株および代表的な食中毒菌計33菌種に対しても、菌数を5.0 Log10 以上(99.999%以上)減少させました。
これらの結果から、国際的な標準試験方法を用いて評価し、「アルコール手指消毒ローション」は様々なウイルスや細菌、真菌に対して、有効であることが確認されました。
また、試験的に手のひらを大腸菌(約108CFU/mL)で汚染し、「アルコール手指消毒ローション」で手指消毒を行った前後の手のひらに存在する菌を、ハンドスタンプ法により、観察しました。その結果、「アルコール手指消毒ローション」で手指消毒を行うことで大腸菌はほとんど検出されませんでした。
2. 手肌に及ぼす影響
「アルコール手指消毒ローション」の保湿効果について角層水負荷試験を用いて評価を行いました。その結果、無塗布部分(通常の状態)であれば角層水分保持能は変化しませんでしたが、「アルコール手指消毒ローション」を連続塗布した際に、角層水分保持能が増加することがわかりました。
さらに、「消毒用エタノール」と「アルコール手指消毒ローション」をそれぞれ1日10回塗布した皮ふの状態を、塗布前後においてマイクロスコープで観察した結果、「アルコール手指消毒ローション」を塗布した被験者では皮ふの状態変化は見られませんでした。一方、「消毒用エタノール」を塗布した被験者では14人中8人において、皮ふのキメ(皮ふ表面に刻みこまれた紋様のように見えるの細かな凹凸のこと)が荒くなることがわかりました。
3. 使用感
「アルコール手指消毒ローション」および他社アルコール手指消毒剤について使用感評価を実施しました。評価項目は使用時のなじみやすさ(伸びが良い、拡げやすい)、使用時のぬめり(ぬるつき)、乾燥時のきしみ(摩擦感)および乾燥後のべたつきの4項目としました。被験者は8人(各男女4名)で、3段階の絶対評価試験(3段階;良い:1点、普通:0点、悪い:-1点)で評価をしてもらい、評点の合計を求めました。その結果、いずれの項目においても、「アルコール手指消毒ローション」が他社アルコール手指消毒剤と比較して最も使用感が良いことがわかりました。
アルコール手指消毒ローション」の各種ウイルスに対する有効性評価
【試験法:EN14476、作用時間:15秒間(20℃)】
ウイルス | 作用時間 | コントロール 感染価 (TCID50 /mL) | 減少率(%) | |
エンベロープ あり | 新型コロナウイルス SARS-CoV-2 | 15秒 | 1.5×107 | >99.99 |
---|---|---|---|---|
インフルエンザウイルス A(H1N1)型 Influenzavirus Type A(H1N1) | 15秒 | 5.6×106 | >99.99 |
「アルコール手指消毒ローション」の各種細菌・真菌に対する有効性評価※
【試験法:ASTM E2315-16、作用時間:15秒間(20℃)】
供試菌 | 初期菌数 (CFU/mL) | 残存菌数 (CFU/mL) | 対数減少値 | 減少率 (%) | |
グラム陰性菌 | 大腸菌 Escherichia coli ATCC 25922 | 1.3×108 | <10 | >7.1 | >99.999 |
---|---|---|---|---|---|
緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa ATCC 15442 | 3.2×108 | <10 | >7.5 | >99.999 | |
グラム陽性菌 | 腸球菌 Enterococcus faecalis ATCC 29212 | 4.8×107 | <10 | >6.7 | >99.999 |
黄色ブドウ球菌 Staphylococcus aureus ATCC 6538 | 1.0×108 | <10 | >7.0 | >99.999 | |
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 Staphylococcus aureus ATCC 700698 | 6.6×107 | <10 | >6.8 | >99.999 | |
真菌 | カンジダ属菌 Candida albicans ATCC 10231 | 9.5×107 | <100 | >6.0 | >99.999 |
アスペルギルス属菌 Aspergillus spp. | 4.1×107 | <100 | >5.8 | >99.999 |
※上記以外にも26菌種について評価を実施し、いずれも減少率99.999%以上の効果を確認
(サラヤ バイオケミカル研究所調べ)
「アルコール手指消毒ローション」の手に付着した細菌に対する有効性評価
試験的に手のひらを大腸菌(約108CFU/mL)で汚染し、アルコール手指消毒ローションで消毒。
ハンドスタンプ法により、消毒前後の手のひらに存在する菌を観察。
「アルコール手指消毒ローション」の角層水分保持能の変化率
アルコール手指消毒ローションを塗布した際の皮ふの保湿効果について、角層水負荷試験により、角層水分保持能を評価。【被験者12名(男性9名、女性3名)】
アルコール手指消毒ローションを1日10回塗布前後において皮ふの状態をマイクロスコープで観察。【被験者14名(男性7名、女性7名)】
アルコール手指消毒ローション および競合他社品について使用感評価を実施。
【被験者8名(男性4名、女性4名)】 絶対評価(3段階;良い:1点、普通:0点、悪い:-1点)し、評点の合計を求めた。
サラヤバイオケミカル研究所では、これからも感染症対策のエキスパートとして課題を解決し、新たな価値創造を目指します。